うつろぐ

文章

ポエム、独自性に憑りつかれた不安

非常にしんどくなったので整理のために書きます。自分のことしか書いてないのでバイアスが強いです。そんなに読まないでください。軽く読んでもいいよ。

「どういう研究がしたいか」という問い、敗北

きっかけ。研究指導が近づいてきたので「どういう研究がしたいか」について向き合わなければならない時は絶対に来るんだけど、面談とかで機会が立派に与えられるんだけど、見事に機会を逃したというか、逃れたというか。この「どういう研究がしたいか」に対して「この質問答えにくいな~」と思いながら、というか、思っていたから、適当に済ませてしまった。学科で2年間過ごしてきてなんとなく「これどうにかなんないの?」と思い続けてきたことを、何も詰めずに疑問や欲求の形のまま「研究したいこと」として書いた。結果ぼんやりしすぎてて何も伝わらないし、そもそも自分でもどこに本質があるのか分かっていないものは説明できない。

「詰めること」の不足

今回失敗した部分について、「準備不足」で済めばいいんだけど、同じようなことを創作活動とかでもやっているな~と思ってしまってから一気に滅入ってしまった。圧倒的に「詰めること」が足りない。言語やAPIで遊んでおしまい。作曲途中の曲を投げておしまい。プロトタイプ作っておしまい。思えば音ゲーでさえ詰めてない。「詰める」という概念から逃げすぎ。幼少期から積み上げてきたものが、最近更に加速した気がする。そもそも詰める工程って楽しい筈では?なんでこんなにも苦しんでるの?次のようなこと?

能力の特化と物事の追求

僕がこの学科に入ってから感じたこととして、「もはや1つの能力だけでオラオラ言っていても生き残れない」というのがあって、それが「一つの事柄に時間をかけすぎるのは馬鹿」という意識に繋がってしまったのだと思うんだけど、これが本当によくなかった。昔から勉強もスポーツも、ゲームでさえ「上には上がいる」の意識が強すぎて突き詰めることから逃れ続けてきた自分にとって、この誤った意識の獲得はそれを正当化してしまう恐ろしいものだった可能性がある。能力の特化と物事の追求は違う。まず次元というか、軸が違う。それがわからないのは幼児。

独自性に憑りつかれた不安

独自性単体を世に投げているのは世の養分

僕が学科に入ってから大事にしていることの一つにインプットがある。独自性はインプットからしか生まれない。それは正しい。そして、僕は独自性のレベルでのアウトプットもしている。これもいい。問題は、この独自性のレベルでのアウトプットで終わっていること。完全に自己満足に浸っている。勿論独自性単体では研究もアートも自分で成し遂げられない。その独自性単体を見て他の誰かが勝手にそれを成し遂げていく。独自性単体を世に投げているのは世の養分。研究ができないのはまずいのは勿論、そんなんだから食っていける自信が湧き出てこないし、就職も出来ないという気持ちになってくる。

Twitterは大人の娯楽

ここで言う「大人」は職がある人、とくに自分にとって楽な方法で金が稼げている人のことを指す。
Twitterはまさに「独自性単体を世に投げる」ことに長けたツールである。大量のインプットをTLから得て、思ったことを独自性単体のレベルでアウトプットして、ついでにそれによって自分の中に文脈が形成されていく。僕がTwitterに依存したのはやっぱりこの「独自性単体を世に投げ」て自己満足に浸る環境が整っていたからだと言えるし、その姿勢がTwitterによって更に加速してしまったとも言える。それによって就職が不安になる一方だから、職を得てからやったほうがいいな、というだけの話。

独自性を褒められると嬉しいのは中二病だから

これは僕個人の問題。そのとおり。他の項目もまあまあ自分のことしか言ってないけど。

就職の難易度が分からない

散々不安だと言っていた就職について。
「就職は求道なのでは?」と思い始めている。大学で如何に頑張ってスキル、突き詰める力などの種々の「自分にとって楽な方法で金を稼ぐ道具」を獲得して、そこからどのような自己PRを行えばその道具が適切に使えて、自分にとって楽な方法で金が稼げる状態に"""至る"""かという求道なのでは?と思い始めている。
で、そこに"""至る"""のはどれほど大変なことなのかわからない。内定が来た時点で"""至る"""ことが確定するわけではないので余計にわからない。就職ってなんだよ。

人生の苦しみは「やりたいことが無くて苦しい」と「やりたいことが出来なくて苦しい」の二択?

あの、最後に独自性と全く関係ない疑問なんですけど、実は今まで前提にしてきたことなんですけど、
やりたいことが無い人ってこの世に存在するんですか?
自分が色々やりたすぎるだけなのかもしれないけど、やりたいことが無い人がいるとして、その精神状態が全くわからない。なんか、「ストレス耐性が高い人は好奇心が低くてやりたいこと無いかもしれない」とか思ったりするんだけど、もしかして「ストレス耐性が高いけど、やりたいことが無くて苦しい人」と「ストレス耐性が低くて体調や精神を壊してやりたいことが出来なくて苦しい人」のどちらかなのでは?しらない